| アーカイブス 3−chap.2 | |||||
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−−2人は今回NTのコーチの要請を引き受けましたが、どんな気持ちでそれを受け入れたんでしょう。 松下 人を教えるコーチというよりも、今の選手の中で僕は先輩格だし、自分のやってきたことや経験を若い選手に伝え、彼らにアドバイスする役割です。宮崎さん(男子NT監督)が僕を必要としているならそれに応えたいし、日本の若い選手が少しでも強くなるならと、選手兼コーチとして引き受けた。コーチから見た選手というものも僕自身勉強になりますからね。 偉関 僕は10月の国体の時に宮崎さんから話があって、喜んで引き受けました。自分も選手と一緒に練習できるし、コーチの勉強にもなる。自分に何ができるか分からないけど、選手が疑問を持ったときに少しでもアドバイスできればと思った。 −−偉関さん自身の環境も激変しました。健勝苑のプロサーキットに参戦するなんて1年前は想像できなかったでしょう? 偉関 想像できないですよ。この1年間、最悪の年だった。父が亡くなり、会社もなくなり、全日本選手権でも優勝できなかった。今までの人生て一番つらい年だった。いまは自分のプレーがどうのこうのより、自分の限界に挑戦したい。どこまでできるかを試したい。今年は国際大会は少し休むけど来年世界ランキングを見ながら、チャンスがあればオリンピックも狙いたい。それを含めて限界に挑戦する。 −−偉関さんは1月から健勝苑のプロサーキットに参戦していますね。 偉関 予想以上にきつい。最初は1日1試合だから楽だと思っていた。今までは1日、2日頑張って集中すれば結果は出たけれど、このサーキットは毎日試合が続いて、自分の気持ちをコントロールするのが難しいですね。 松下 1日1試合だけど、負けた時に精神的に落ち込むと次の日に影響します。負けが続くと疲れがたまって、しんどくなるんですよ。1日1試合といっても、みんなが勝ちたいし、準備をするわけだから、それに費やす時間とパワーが必要で、それが1カ月も続くから本当にしんどい。たまには練習を休むことも必要ですね。 −−健勝苑のプロサーキットは、ようやく日本の卓球協会と共催という形になりました。 松下 僕はすごく良いことだと思う。協会から派遣された選手が、世界のトップと何試合も試合できる経験は貴重です。マイナス材料は何もない。勝てば自信になる。 偉関 ありがたい話でしょう。世界のトップ10に入るような選手と試合できるなんて。協会から派遣された選手も一生懸命やってますよ。勝ったら自信になるし、精神的にも技術的にも伸びます。田勢と話をしたけど、強い選手とやると自分の弱いところが全部わかります。弱い選手とやったらポールは全部はいるでしょう。でも、強い選手とやれば、自分の弱点や変えるべきところが分かるんです。 −−2人は日本の強化の流れを理解し、世界を知っています。日本のこれからの強化について聞きたいですね。 松下 選手は結局自分でやるしかない。コーチが卓球をやるわけでも、協会の偉い人が卓球をやるわけでもない。選手がやる気を持って、目標や夢を持ってその気にならなくては世界で勝てない。監督、コーチは選手を上に立たせて選手をがんばらせることが大切。コーチがやらせるばかりでは限界があります。 −−日本は今でも監督は替わると方針がガラット変わる。強化の継続性がないように思いますが……。 松下 確かに監督が替われば選手も替わる。そこに引き継ぎがないことが問題です。将来を嘱望されて育てられた選手が、監督が替わったとたんに選ばれなくなる。そこに長期のプランニングやビジョンがないんです。監督が替わるたびにその場その場で方針が変わる。すぐに結果を求め、3年使ってダメなら次の選手に交代するのが日本。中国では王涛(ワン・タオ)、馬琳(マ・リン)のようにジュニアの時から負けても負けても起用され、育成されている。フランスのシーラ、エロワ、レグーも若いときには弱かったけど、使い続けられて世界のトップクラスになった。 偉関 日本には継続性の足りない部分があると思うね。僕は日本のNTに入ったときのソーレン(・アレン)のやり方は今のNTにない。全日本チームの監督は3年、4年で替わるけど、若い選手が本当に世界で強くなるかどうかは3年、4年ではわからない。けど、日本は3年、4年で強化方法も選手選考も替わる。 ジュニアにはセンスの良い選手がいるから長い目で選手育成を考えてほしい。世界で勝つのは簡単なことじゃないですよ。宮崎監督がアテネまでやっても、その後どうするのか。アテネが終わったら、また日本のやり方を変えるのか。合宿でも毎回内容を考えないといけないし、合宿の目的を毎回打ち出さないと選手はしんどい。選手をどうやったら強くできるかをぼくらは話したいね。 松下 予算とか政治的なことではなくて、どうしたら選手が強くなるかを真剣に考えないといけないですね。日本には可能性があるんだから。 2002年1月28日のスーパーサーキットの試合中、偉関晴光がアキレス腱を断絶した。彼が語った「最悪の1年」はまだ続いている。しかし1日も早く復活して、元気な姿を全日本選手権やスーパーサーキットで披露してくれることを祈りたい。それこそが偉関の言う「限界への挑戦」であって、好敵手であり、仲間である松下浩二もそれを望んでいる。 日本の卓球界を長く導き、君臨してきた2人の強者は、2002年、それぞれが異なる壁に向かって挑戦を続けることになった。
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