Archives 3
 卓球王国 2002年 vol. 59号
 Crossed Talk より 
アーカイブス
3−chap.1
 
「いつも座って頭を冷静にするのに、決勝では一度も座らなかった。今思えば不思議だね」偉関



chap.1

 勝ち進めば進むほどに、松下浩二と偉関晴光の実力は他の選手を上回り、この2人を取り巻く空気が異質なものであることは明らかだった。全日本選手権という伝統の重みとメディアの圧倒的な注目を集めるこのステージて、役者の違いを見せつけた2人のベテラン。
 完璧な調整を経て全日本に挑んだ松下に対し、ディフェンンディングチャンピオンの偉関は悲しみに襲われ、身辺に不安を抱えたままの出場となった。

「最終ゲームは自分のありったけのパフォーマンスをしてやろうと思っていた。勝とか負けるとかは考えていなかった」 松下
       

−−全日本選手権前に、偉関さんにはいろいろな出来事が起こりましたね。
偉関 あまり良い調整ができなかったですね。10月に父が亡くなり、中国に帰ったので15日間ほど練習ができなかった。日本に帰ってからすぐに広島でのトップトーナメントに出て、優勝できなくて、同時に会社の卓球部がなくなる話が出て、すごく不安になった。新しいチームも探さなくてはいけないし、家族がいるから、どうしようかと、いろいろな人に相談した。チームメートもこれからどうしようかと迷っていた。

−−集中して練習できなかった?
偉関 そうですね。どうしても頭の中では、練習よりもこれからどうしようかと考えることが多かったね。今までは全日本選手権前にビデオを見て対戦相手を研究していたりしたけど、今回はそれもできなかったですよ。

−−全日本選手権前に健勝苑と契約する話がありましたね。
偉関 契約はしてなかったけど、話はまとまる感じだった。不安は少し減ったけど、調整の出足が遅れていましたね。

−−お父さんのことや会社のこともあったから、余計に優勝したいという気持ちもあったでしょう?
偉関 もちろんありました。会社の最後のユニホームだから、優勝したかった。

−−ランク決定(5回戦)の坂本(青森山田高)戦も苦しい試合でした。
偉関 坂本はマークしていたけど、実際にやったら3−0でリードしたから「こんなもんか」と思って、守りに入った。1ゲームぐらい落としても大丈夫と思っていたから、相手の調子がどんどん上がってきて、粘りもでてきて、3−3に追い付かれ、「これは、やばい」と思って、ラストゲームも頑張って10−7とリードした。そこからレシーブを払われて4本連取され、10−11とマッチポイントを取られたけど、負ける気はしなかった。そこで坂本は絶対レシーブで強く打ってくると思ったから、思いっきり下回転の長いサービスを出して、坂本はレシーブを強打してミス。次はアップサービスが来ると読んだら、その通りきた。ピンチだったけど、負けるとは思わなかったですね。

−−がその後、大野に4−2、渡辺に4−0、そして準決勝の遊澤戦。
偉関 遊澤ではなく、木方か三田村が来るのかと思ったけど、準々決勝を見ていたら、遊澤は結構安定していた。実際の試合で僕の足もよく動いたし、集中していたからよい試合ができた。正直言って、決勝には浩二は上がってこないと思っていた(笑)。大森かなと。

−−決勝前は、どんなことを考えていたんでしょう。
偉関 浩二は準決勝で競(せ)っていたから、ラリーを長くすれば疲れて凡ミスが出てくるのかなと思っていた。

−−松下さんは決勝の出足で偉関さんの調子をどう見ていたのですか。
松下 全日本社会人選手権で偉関さんに勝った時期は逆転勝ちで勝ったから「まぐれじゃないかな」と思っていた。偉関さんも気合を入れてくるだろうし、その社会人の時の試合はあてにならないから、挑戦する気持ちで臨もうと思っていました。けど、1ゲーム目をとったときに、「去年の偉関さんとは違う。今日はいけるかもしれない」と感じたんです。

偉関 1ゲーム目落としたけど、先は長いから次を取り返せば大丈夫と思っていました。僕はスロースターターだから、11本ゲームはペースがつかみにくい。2、3ゲームを取り返したけど、4ゲーム目の10−8から逆転されたのが痛かったね。10−10に追いつかれたときにタイムアウトを取ろうかどうか迷ったんですよ。でも、2−1でゲームをリードしているし、この後のこともあるからタイムをとらなかった。この4ゲーム目は大きかったね。

−−今大会、松下さんは決勝で初めて、相手にゲームカウントでリードを許しました。
松下 3ゲームに9−3でリードしていたのに、逆転されて、その時は「去年と一緒だな」という思いがよぎりましたね。でも、気持ちを切り替えて、4ゲームに臨んだ。だけど、8−10になったときに「このゲームを落としたら、この試合は負けるな」と思った。その後、思い切って打って出て、偉関さんのショートをフォアに打ったら偶然決まったんですよ(笑)。ジュースになったときも打って得点した。あの局面が自分の中での大きなポイントだった。
偉関 僕は追いつかれて嫌な感じだったんですよ。あのゲームをとって3−1にすれば浩二もあきらめると思ったからね。2−2になったときにこれで浩二もまた粘ってくるなと嫌な気持ちになった。僕はゲームが終わるとベンチに戻って、いつも座って頭を冷静にするのに、決勝のでは1度も座らなかった。今思えば不思議だね。その時はそんなこと考えていない。興奮していたのかな、それとも焦っていたのかもしれない。

−−5ゲーム目は松下さんがとって3−2でリードした。
松下 リードしたけど、次のゲームで偉関さんは気合いを入れてくるから簡単には取れないし、最終ゲームに行く気持ちでいないと追いつかれて焦ってしまう。6ゲーム目をとられてもしようがないという気持ちでした。
偉関 僕は後がないから6ゲーム目で開き直れた。とてもリラックスできたし、よいポールが入ったね。

−−1年前に対戦した松下さんとは違った?
偉関 1年前より攻撃が良くなったし、ボールも少し速くなった。カットをあまりしないで攻めてきていると思った。僕のレシーブミスが多かったのは、厳しいコースを狙ったからですよ。ただ入れるだけのレシーブだと浩二に攻められるからね。

−−そして最終ゲームまでもつれ込んだ。
松下 僕は勝つとしたら4−3しかないと思っていた。偉関さんに負けるときは0−4か、1−4もあるけれど、勝つ時は4−3。最終ゲームは自分のありったけのパフォーマンスをしてやろうと思っていた。勝つとか負けるとかは考えてなかった。今まで以上に動いて、持っているものをすべて出そう、ボールに食らいついていって、あきらめないでボールを追いかけようと思っていた。
偉関 浩二が攻めて来るのは分かっていたから、出足で先に攻めていこうと思った。ところが、いきなり1本目、レシーブでフォアに払ったら、浩二が飛び付いて打ったボールがラケットの角に当たって返ってきた。タイミングが合わずに空振りしてミス。「これはまずいよ」と思って、冷静さを失った。タイムアウトを取るのも忘れていた。今回は気持ちがいつもと違っていたんでしょう。リードされたのがよくなかった。早く攻めようと焦っていたのかな。
松下 最終ゲームは偉関さんが焦っているのが分かった。それまでは焦っている雰囲気じゃなかったのに、最終ゲームで僕が3本ぐらいリードしたときに「偉関さんは焦っている」と感じることができましたね。

−−偉関さんは5年連続決勝に進んで、2年前に渋谷選手に負けていて、今回が2度目の敗戦。
偉関 テレビで生放送しないと負けるんだよ(笑い)。

−−渋谷戦の負けと今回の敗戦は違う?
偉関 違いますね。浩(渋谷)に負けたときは納得いかない部分があった。それまで浩に負けていないから油断した部分もあった。すごく悔しかったね。今回は4試合ができたし納得がいったんですよ。あの日の浩二は強くて、運もあった。

−−松下さんとしては全日本選手権で偉関さんと3回やって、3度目で初めて勝った。
松下 偉関さんに勝って優勝するのはやっぱり意味が違う。僕にとって偉関さんは壁ですからね。みんなも偉関さんに勝とうと思って全日本選手権に出ているし、僕もその中のひとりだから。偉関さんに勝って初めて日本のチャンピオンになった気がする。胸を張っていいでしょう。今までの2回の優勝では、「これが全日本チャンピオンか」と思ったけど、今回偉関さんに勝ったから自分を認めていいかなと。若手に勝って優勝するのと偉関さんに勝って優勝するのでは意味が違う。目の前の壁を乗り越えて勝った充実感かな。
偉関 ぼくも浩二とやりたかったね。全日本社会人て負けているし、その雪辱も果たしたかった。浩二も元チャンピオンだし、僕らは他の選手より年齢が上だし、浩二とやるとラリーが続いてよい試合になるからね。ただ今回は、彼は上がってこないと思っていた(笑)。
 決勝の時も4ゲーム目に浩二の動きが遅くなった気がしてチャンスだと思った。浩二は姿勢を見ると疲れているかどうか分かるからね。ボールを待っているときに、ひざが伸びて立ってくると疲れている証拠なんです。今回も4ゲーム目に少しそうなったからチャンスだと思ったけど、4ゲームを彼が取ったら姿勢も元に戻ったよね。浩二はよく頑張ったね。僕はいい試合ができて満足した面もありますもんね。

卓球王国」1997年2月号
 インタビュー

 孤高のプロフェッショナル  松下浩二
「卓球王国」1999年 21号 
 CROSS TALK
 
 ブンデスリーガーを語ろうか