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2002−chap4
 
同じような状況だったら、
 ぼくは1本の差
 勝ちますよ
 

−− この1年間を振り返るとどうだろう。

 「スーパーサーキットとプロツァーをこなしていくのはハードでした。ブンデスリーガでやっている時よりもスーパーサーキットのほうがきつい。毎日試合ですから」。

−− スーパーサーキットに参戦すると、練習不足になると言われているけど。

 「もちろん練習不足になります。練習をやり込む時期もほしい。強化する時間は思った以上にない。相手も強いし、負けることのほうが多い。連戦で疲れてしまうからモチベーションが下がる時もありますよ。でも、それが仕事だから、やっていく。スーパーサーキットに出て、国際大会に出て、国内大会にも出ると、家にもほとんど帰れないし、自分の時間というものが作れない」。

−− 今年の全日本選手権に対するモチベーションが低かったという話を聞いたけど。

 「それは否定しないです。大会の1週間前くらいかな。『もう十分かな、今年は1回休憩でいいかな』とか(笑)。そこで嫁さんが奮い立たせてくれた面もあるし、ぼくのプロフェッショナルとしての存在を認めてもらうのは優勝しかないと考え直した。ここで優勝すれば評価してくれる人がさらに増え、ぼくとしてのメリットはすごくあると思い始めた。
 それに、もうひとつの出来事がぼくにあった。それは小山欽司さん(元日産卓球部顧問)が亡くなって、全日本選手権直前に線香をあげに行ったこと。10月に亡くなったけど、ぼくはドイツオープンに出ていたので、葬式に行けなかった。今のぼくがあるのは、10年前、ぼくがプロ宣言した時に、日産がぼくを受け入れてくれたから。卓球部の顧問だった小山さんがいたからです。お世話になった恩人です。プロになった時の気持ちを思い出したり、いろいろ考えさせられた。頑張らないと生きている意味がない。死んだら何もできないし、生きているうちに悔いがないように頑張ることが、生きている者の務めじゃないかと、そこからまた頑張ろうと思って、結果のことを考えなくなった」。

−− 今回は松下浩二として新しいスタイルを見せたと評価する人も多い。

 「前から攻撃を入れていかないと勝てないというのはわかっていたけど、時間がかかる。 今までの自分の持っているものを切り捨てて、変えていかないといけないし、プレー自体が崩れることもある。40mmボールになった2年前から徐々に変えていって、攻撃とカットのバランスが自分のイメージ通りのものに近づきつつある。でも、世界で勝つのは厳しいし、新たにチャレンジしていかないと勝てない。ただもうワンランクアップさせれば、どういう選手と対戦してもいい勝負はできるという自信はついた。国際試合に出ても簡単には負けないし、上の選手とやっても接戦で落とした試合も多い。自分の思い描いているオールラウンドな卓球に近づけば、力の差は逆転する」。

−− 35歳だけど、精神的にも老け込まないし、体の切れも変わらない。スタミナも落ちていない。

 「ぼくはゆったりとした時間の中で練習もトレーニングもやりたい。せっぱつまった中でやりたくない。ぼくは無理をしないし、体が一番大事だから、自分を大事にするし、体に悪いことは極力避けている。少しでも悪いと思ったら、絶対やらない。睡眠や食べ物、何でも。それに、ぼくは太る体質ではないし、筋肉質で、練習するだけで、心肺機能が高まっていくような体を持っている。練習自体が前後に動いたりとか、マラソンをやっている感じで、練習していく限り、体力的に落ちていくことはない」。

−−これで満足して、もう優勝はいいかな、と思わない?

 「人間ですから満足する部分はありますね。ただ、今はほかの選手に優勝させたくないという変なプライドがあるかもしれない。何となくぼくが優勝するほうがいい。ぼくが優勝するほうが丸く収まる(笑)」。

−− 別に木方君が優勝しても丸く収まるでしょ(笑)。

 「あいつもいい奴だし、違う大会ならそうは思わないかもしれないけど、全日本は特別だから、優勝させたくない。卓球は距離の近い対人競技だから、相手から感じるものがたくさんある。もし仮に練習をやり込んで、卓球に打ち込んできて、この試合に賭けてきたという奴と対戦したら、ぼくは感じるんですよ。試合をやっていてわかる。こいつには勝てないかなと思うかもしれない。ところが、今、ぼくが対戦してもそう感じる奴はいない。もちろん実力の差はないし、みんな一生懸命やってきたというのは感じるけど、すごくやってきたとか、こいつには負けてもしょうがないかなと感じる奴はいない。ハングリーでこれに賭けてきた奴。前なら、(渋谷)浩とか偉関さんとか、岩崎さんのように、全日本で勝ちたくて勝ちたくて、という奴がいない。だからぼくのほうが精神的に優位に立っている。逆に相手はぼくに対して威圧感を感じているかもしれない。
 はっきり言って、たぶん慎之介のほうがぼくより強い。きょうやったらぼくは負けるだろう。本当にお互いそんなレベルなんです。だけど、対戦してみて何か違うものを彼は感じたのかもしれない。若い選手のほうが勢いはあるから、本当にやり込んで賭けてきた選手が出てきたら、ぼくはやられます。けど、そういう相手でなくて、同じような状況だったら、ぼくは1本の差で勝ちますよ」。

   35歳のベテランの優勝という事実は、一方で「新旧交替ならず」というネガティブなイメージを与えるものだが、松下の優勝はそういうイメージを作っていない。それは決勝がすばらしい内容だったという点と、より攻撃的なスタイルに変貌しようとする彼の努力する姿勢と、プロフェッショナルとしてのストイックな生活が彼のプレーの向こう側に見えるからだろう。もちろん、松下をして「君には参りました」と言わしめる、勢いのある若手の待望はあるにせよ、松下がどこまで進化していくのかを見届ける楽しみもある。
    2002年12月23日。それは松下浩二のための Big Day だった。
   (文中敬称略)

 
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