アーカイブス
2002−chap.1
 
   「優勝して良かったというのが実感。まわりの人が喜んでくれるのがうれしい。去年もうれしかったけど、2連勝は難しいから」。
 松下浩二は興奮するでもなく、前日のことを静かに語り始めた。
 息詰まる空気の中で、激しいラリー戦が繰り広げられた全日本選手権の決勝。会場で固唾を飲んだ観客も、テレビの前で釘付けになった人たちもその試合を絶賛した。
 松下はまず決勝までの戦いを振り返った。
 6回戦の加山戦が松下の最初の難関だった。
1ゲーム目をジュースで落とし、3ゲーム目も落とし、ゲームをリードされた。
 「出足で、ぼくの粘り、我慢強さがなくて、自分から早く得点しようと攻撃を仕掛けていったけど、それが良くなかった。うまくブロックされたり、あまいボールを打たれた。2−2になった5ゲーム目、2−6の時に気持ちを切り替えたのが良かった。カットを中心にして相手に打たせて、その中でチャンスボールだけを打っていこうと」

−− 次の準々決勝で三田村と対戦。スーパーサーキットでは0−3で負けている。その敗戦の残像は?

 「ありましたよ。負けた試合では前後に揺さぶられて、ミドルを攻められた。ぼくの攻撃ミスも多かった。前の日に三田村戦のビデオを見て、攻撃パターンを読んで、作戦を立てた。どういったボールにミスが多いのかと。相手は切れたボールをうまく打てないし、こちらが無理しないように粘っていって、チャンスがあったら変化をつけていく作戦が最後までうまくいった。ぼくがビデオを見るのは珍しいですね。危機感はありましたよ。1ゲーム目、7−9から4本連取したのが大きかった」。

−− 2ゲーム目、4−3から7本連取、3ゲーム目も4−8から6本連取。今回は集中力が切れずに連続得点のケースが多かった。

 「集中力という部分ではかなりいい状態だった。遊澤戦でも終始ぼくが主導権を握った。彼とはあまり試合をやったことがないので、ビデオで渋谷対遊澤戦を見た。それで打つコースのパターンがわかったし、強打はバックに曲げてくるのを気をつけ、粘ってくるボールは攻撃で狙える」。

−− 準々決勝、準決勝はかなり順調だった。

 「でも、決勝は不安だった。やっぱり(木方)慎之介が上がってきたらやばいな、と思っていた。慎之介だけは上がってきてほしくなかった(笑)。反対側からは、新井が決勝に来ると予想した。(倉嶋)洋介が新井に勝って慎之介と当たる時に、『洋介が勝ってくれるかな』と思っていた。慎之介には公式戦で2回やって2回とも負けている。うまく粘られて、あまいボールを両サイドに速いドライブで打たれている。彼はカット打ちがうまいし、ミスが少ない。彼はチャンスだ」と思っていたはず」。

 ベンチコーチは昨年同様、高島規郎だった。
「加山戦の時から松下のカットのリズム、タイミングがピタッと合った。今までの全日本の中ではカットと攻撃のコンビネーションが一番良かった。全日本で優勝する時には遊び球を1本でも入れたら駄目。1点で勝てる相手には1点で勝たないといけない。そのペースは1度も狂わなかった。決勝前は、試合の流れはゲームオールジュースになると読んでいた。9−9、10−10は計算どうり。要所要所で攻撃を入れるのが作戦だった。
 一方、木方は4回戦の仲川戦で苦戦したものの、尻上がりに調子を上げていた。木方の決勝のベンチに入ったのは協和発酵監督の佐藤真二。「浩二は百戦錬磨の選手。最終日の三田村戦、遊澤戦も完勝だったから体力も使っていない。まわりの人は木方有利と見ていたかもしれないけど、ぼくは少し浩二が有利と思っていた」と語った。

−− 準決勝が終わってから、2時間くらいあった。

 「平常心でした。プレッシャーはあまりなかった。とにかくチャレンジして、いい試合をしたかった。その心境は前回とあまり変わらない」。
 しかし、松下は一方で危機感を抱いていた。
 木方に対して公式戦では2001年ジャパントップトーナメント(広島)と2002年ジャパントップ12(東京)で対戦し、2戦2敗だった。
 一方、木方の決勝前の心境はこうだ。「決勝前の2時間は今まで浩二さんとやった時の試合や練習を心の中で整理したり、戦術を考えていた。カット打ちはすごく自信があった。カットマンとやりたいという気持ちもあって、しかも決勝の舞台でカットマンとできるのはすごくチャンスだと正直思っていた。ただ浩二さんは全日本選手権で3回も優勝している人で、経験も豊富だからやってみないとわからない、と自分に言い聞かせていた」。

 
Archives TOP  表紙top   chap1   chap2   chap3   chap4